
Introduction
北アルプス燕岳の中腹にある中房温泉から合戦尾根を登り、燕岳から槍ヶ岳まで続く13kmの稜線を歩き、槍沢と梓川に沿って上高地まで下山する。総歩行距離が36kmを超えるこのアルペンルートは『表銀座縦走ルート』と呼ばれ、多くの登山者にとっての憧れ。北アルプス三大急登、コマクサの群生と奇岩群、登山者を試す岩稜と日本5位の高峰、そして日本屈指の山岳景勝地など、見どころを上げれば切りがありません。
想像してください——
『北アルプス三大急登』を制し、約1,300mの標高差を登リ切った先に待つ憧れの稜線。
長く山肌を覆っていた残雪が消え、再び冬を迎えるまでの短い夏に咲き乱れる、コマクサに代表される高山植物たち。雷鳥親子の鳴声が、どこからか聞こえてくるかも知れません。燕岳の嫋やかな尾根を背に稜線の先を望めば、その半ばには広い山頂の大天井岳、そして遥か遠くには3,000m峰の槍ヶ岳がその鋭い頂をもって登山者の到着を待ち構えます。東鎌尾根に足を踏み入れた登山者は、その懐の広さにただ閉口し、標高日本第5位の尖峰を見上げるのみかもしれません。
そして下山する先は、穂高連峰が見下ろす日本屈指の山岳景勝地。日本のアルピニズム発祥の地・上高地が、今回の縦走路のゴールです。細長い盆地には水量豊富な梓川が流れ、そこは多くの観光客で賑わっています。そして、最後には隆盛を極めた草花に彩られた穂高連峰の山肌を眺めながら、次回の登山を思い描くのです。
——どうです? 出発前から『表銀座縦走ルート』の魅力が伝わったでしょうか?
それでは『表銀座縦走ルート』偏、スタートです。ぜひ、最後までご覧下さい。
Location

Article
5日目・上高地BT以南を大正池まで観光。毎日あるぺん号で帰路へ!
2026年夏の山旅も今日で終了。思う存分、上高地の絶景を堪能します。
徳沢園キャンプ場〜上高地明神館
おはようございます。2026年4泊5日の山行も本日が最終日。朝早くから身支度を整え、テントの撤収を完了。徳沢園の周辺で写真を撮影します。


徳沢園入口横に掛かるお洒落な看板。

炊事場。

カラフルなテントが並ぶテン場。

さて、写真撮影を終え、上高地バスターミナルを目指して下ります。

人気のない探勝路。川音と鳥の囀りだけ。

徳本峠分岐。

あっという間に明神館。

ご覧のように人気はなし。写真撮影には良いですね。
上高地明神館〜小梨平キャンプ場

明神館前を直進し、小梨平キャンプ場を目指します。

古い標識。味があります。

この辺りでは多くのハイカーさんとすれ違いました。行ってらっしゃい。

小梨平キャンプ場。

テーブルで朝食をとる利用者を横目に通り過ぎます。
③小梨平キャンプ場〜上高地BT

上高地ビジターセンター。

河童橋に到着。早朝は本当に人気がまばら。けれど、もう2時間もすればひとが押し寄せるのでしょうね。
上高地は、梓川上流にある日本屈指の山岳景勝地。標高1,500m。国の特別名勝・特別天然記念物。バスターミナルが隣接し、穂高連峰や槍ヶ岳への登山基地になっている。河童橋や大正池からは、3,000m級の穂高連峰を望むことができる。

左岸から見た河童橋。

通称・カッパトイレ。

16番目の国民の祝日・山の日が制定されたのは2016年。記念碑は『山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する』という山の日制定趣旨の浸透を図り後世に継承するために建立されたのだとか。

上高地が特別名勝、特別天然記念物に指定されている旨の碑。

探勝路を右へ。もう直ぐ上高地バスターミナル。

上高地インフォメーションセンター裏に停車した格好いいパトロールカー。

上高地郵便局。

上高地観光センター裏手にある手荷物預かり所。バックパックを預けます。1日500円。

駐車場から見た上高地バスターミナル。

上高地インフォメーションセンター前のテーブル。皆、登山の準備中。

上高地観光センター二階にある売店。

上高地観光センター二階の上高地食堂で朝食。ビーフカレー。
上高地BT〜大正池

上高地バスターミナルを後にし、大正池方面へ。

昭和37年に建立された山に祈る塔。
『山に祈る』の由来は昭和34年に長野県警察本部が発行した『山に祈る』という手記。遭難防止の願いを込めて発行された手記は各方面から大きな反響を呼び、集められた寄付金や関係機関や各種団体の賛同により集まった資金を元に記念碑が建立されました。

遊歩道。

遊歩道を進むと上高地帝国ホテル。木々に囲まれてひっそりと。

遊歩道を進み、田代橋。

直ぐ先に穗高橋。

穂高橋を渡り、右岸側を引き返すと……

ウェストン碑。

ウォルター・ウェストンはイギリス人の宣教師であり登山家。日本の山を世界中に紹介したことなどを称えて、日本の各地でウェストンの記念碑、レリーフなどが設置され、山開きの時期にはウェストン祭が開催されています。

梓川沿いの遊歩道。

田代池。

穗高連峰を望む広場。

暫く進むと大正池に到着。

大正池は冬に東京電力による浚渫が行われています。仮にこれを止めると、大正池は7〜8年で土砂に埋もれてしまうのだとか。

立ち枯れの木と焼岳。

立ち枯れの木と穗高連峰。

水鏡に写る穗高連峰。

さんざん写真を撮影し、上高地バスターミナルに戻ってきました。
暫くゆっくりして15:00のバスで東京に向かいます。あっという間の4泊5日。合戦小屋の急登に苦しんだのが昨日のことのように思い出されます。縦走は決して楽しいことばかりではありませんが、敢えてお勧めするのは、低山や日帰り登山では味わえない山や自然の魅力を堪能できるから。今回の記事が、みなさまの登山計画の一助になれば幸いです。
今回の記事は以上となります。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。また、次ぎの山でお会いしましょう。
最後に……
今回は、北アルプス表銀座縦走ルートを4泊5日の日程で歩きました。一般的には2泊3日の行程で紹介されるルートですから、だいぶ余裕を見た日程です。これは、2泊3日では少し寂しく、写真もたくさん撮りたかったから。尤も、振り返ってみれば3泊4日でも余裕だったかも知れません(^^ゞ
さて、今回は『縦走』という登山スタイルについて。WALK あばうと 日本4,000山というブログで、縦走という登山スタイルについてこのように書かれていました。
「縦走」という山頂と山頂をつないで登る登山スタイルは、程よい高さの山岳が密集している日本のような特別な地理的条件でないと成り立たない。
日本人は、縄文時代の狩猟・採集生活の頃から生きる知恵としてルートが分かりやすく、雪崩や山崩れに遭いにくい尾根道歩きをし、修験道が興隆してからは、峰と峰をつなぐ「回峰行」が重要な修行となった。
明治時代に入り、近代化に向けた一大国家プロジェクトとして三角測量が行われたが、作業効率からおのずと三角点を設置する山頂と山頂を結ぶ形で作業道が作られることが多かった。
これを利用できた「近代登山」黎明期の登山者たちは、「縦走」という登山スタイルで登り、それが大衆化し、山小屋なども整備され、現在のような縦走登山が広く行われるようになった。
「なるほど!」と思いました。
登山は自然を相手に行うものですから、その行為自体に歴史的な背景を持つようなものは少ないように思えます。
もちろん山小屋や一部の登山道、登山口近くの景勝地やその地名などには歴史的な背景があります。何が言いたいかというと……縦走という登山スタイルは日本のような狭い山岳という地理的背景と、国家により行われた事業の影響という歴史的背景、このふたつを以て確立された日本固有の登山スタイルなのだということ。
ですからWALK あばうと 日本4,000山の一文を読んだとき、筆者は衝撃を受けると同時に、少しばかりの喜びを感じてしまいました。
特別何かを言いたいわけではないのですが、筆者が毎年の夏に行っている縦走登山。そんな登山スタイルに少しでも注目が集まれば嬉しいなと思った次第です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。本記事の関連記事はこちら!
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